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ユベール・シャルル・ド・ラ・ブイユリー氏が死去 『イーストウィックの魔女たち』の編集者、米ロサンゼルスで
ハリウッドの映画編集者ユベール・ド・ラ・ブイユリー氏が、8月8日に米ロサンゼルスで亡くなっていた。ワーナー・ブラザースで『タンゴ&キャッシュ』と『ポリスアカデミー』シリーズ2作を編集した。
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映画編集者のユベール・シャルル・ド・ラ・ブイユリー氏が亡くなった。75歳だった。友人のロバート・フォーク氏によると、8月8日にロサンゼルスで死去した。死去が公になったのは10月26日(月)で、業界誌ハリウッド・リポーターが追悼記事で伝えた。死因は明らかになっていない。
ド・ラ・ブイユリー氏はワーナー・ブラザースで編集者を務めた。フォーク氏によると、長年スタジオを率いたボブ・デイリー氏とテリー・セメル氏は、最終編集版の確認では誰よりも同氏を頼りにしていたという。1980年代から90年代にかけてバーバンクから世に出た長編映画の「そのほとんど」が対象だったとしている。
『ウッドストック』からワーナー・ブラザースへ
マイケル・ワドレー監督のドキュメンタリー『ウッドストック』(1970年)では、追加編集者としてクレジットされた。同作の編集者にはマーティン・スコセッシ氏やセルマ・スクーンメイカー氏も名を連ねていた。ノーマン・ジュイソン監督の『ローラーボール』(1975年)では編集助手を務めた。
ワーナー・ブラザースでは、ジョージ・ミラー監督の『イーストウィックの魔女たち』(1987年)のほか、『ポリスアカデミー5/マイアミビーチ最前線』(1988年)と『ポリスアカデミー6/シティ・アンダー・シージ』(1989年)を編集した。さらに、シルベスター・スタローンとカート・ラッセルが共演したアクション映画『タンゴ&キャッシュ』(1989年)や、ジュイソン監督の『Other People’s Money』(1991年)も手がけた。
ハリウッドでの30年以上にわたるキャリアでは、『Krush Groove』(1985年)、『ハイランダー2/甦る闘魂』、『Mo’ Money』(1992年)、『The Harvest』(1993年)、『Blank Check』(1994年)、『Celtic Pride』(1996年)にも携わった。
フランスにルーツを持つ監督
編集のほか、監督も務めた。ケーブル局ショータイムのテレビ映画『The Right to Remain Silent』(1996年、リア・トンプソン、アマンダ・プラマー出演)と、SF映画『The Apocalypse』(1997年)を手がけた。2005年にはABCのドラマシリーズ『ボストン・リーガル』の1エピソードを監督した。
ド・ラ・ブイユリー氏は1951年1月28日、アンリ・ド・ラ・ブイユリー男爵とエリノア・マーカスさんの第一子として生まれた。父方の家系は古くからロワール渓谷やヴィランドリー城と縁が深い。名門のフランスの学校、ロッシュ学院に通った。
追悼記事によると、ド・ラ・ブイユリー氏は2人の子どもらが残された。


